【神戸邂逅】登山家・重廣恒夫さん#2 何度登った山でも、毎回が初めて

【神戸邂逅】登山家・重廣恒夫さん#2 何度登った山でも、毎回が初めて

連載企画【神戸邂逅】とは

koubekaikou神戸およびその周辺地域にて、大資本が集まる東京とは一線を画すような取り組みを行う人に焦点をあてたインタビュー企画。邂逅とは偶然めぐりあうという意味。思いもよらなかった神戸の魅力に出会えるかも。


本企画4人目としてお話を伺ったのは、株式会社アシックス(本社:神戸市中央区)に勤務しながら、これまで13度、ヒマラヤへ挑戦してきた重廣恒夫さん。「アウトソーシング化(外部委託・外注。他者に任せるという意味)は、ビジネスだけでなく登山の世界でも広がっている」と語る重廣さん。そんな話から、登山者と登山客の違いについて話題がつながっていきます。


%e3%82%a2%e3%82%a4%e3%82%b3%e3%83%b3%e7%94%a8重廣恒夫氏

アシックスアウトドアマイスター
日本山岳会 副会長
日本トレッキング協会 常任理事

山への関心のきっかけは小学生の頃熱中した昆虫採集。
人類最初の
アンナプルナⅠ峰(8091m)登頂を
達成したフランス隊の報告書を読み、
ヒマラヤ挑戦を中学2年のときに夢見る。

*過去の登山歴(海外)
1973年ネパール、エベレスト南西壁最高到達点8380m(当時)まで登攀
1976年インド、ナンダ・デヴィ東峰(7434m)第2
1977年パキスタン、K2(8611m)南東稜2登(日本人初)
1979年パキスタン、ラトックⅠ峰(7145m)南壁初登頂
1980年チベット、チョモランマ(8848m)北壁初登攀
1984年ネパール、カンチェンジュンガ南峰(8491m)~中央峰(8478m
1985年パキスタン、マッシャブルム(7821m)北稜~北西壁初登攀、ブロードピーク(8047m)登頂
1988年チベット、チョモランマ(8848m)交差縦走
1990年チベット、ナムチャ・バルワ(7782m)偵察
1991年チベット、ナイプン峰(7043m)第2
1992年チベット、ナムチャ・バルワ峰(初登頂の指揮)
1995年チベット、マカル―(8463m)東陵(初登攀の指揮)
2016年ネパール、ナンガマリⅡ峰(6209m)初登頂

前回の記事『#1 標高8600mで現れた花々』はこちら

若き日の重廣さんとアシックス創業者鬼塚氏

―アウトドアブランドとスポンサー契約する登山家も多い中、重廣さんはあくまでアシックスの社員として山登りをされてきました。会社員を継続しながら、数カ月間もの遠征に参加することには困難があったかと思うのですが。

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「わたしがオニツカ(現在のアシックス)へ入社したのは1971年のことでしたが、ちょうどその年にヒマラヤ遠征隊参加の誘いを受けていました。ただ、入社間もないのに、いきなり長期に会社を休むわけにもいかないので、“どうしようか”と迷っていました。そんなとき、当時住んでいた寮のクリスマスパーティに、鬼塚社長(当時)がおいでになられました。そこで、鬼塚社長(当時)から将来の夢を聞かれたんです。わたしは正直に”長い間、ヒマラヤへ行くためのトレーニングをしてきました。チャンスがあれば行ってみたいです”と伝えました。すると、社長は快くわたしの背中を押してくれました。長期に会社を空けている間も、給料をもらっていましたから、会社には本当に支えられていました。

理系出身でしたのでスポーツシューズの素材研究をしていましたが、その後営業やアウトドアブランドの商品開発等にも携わりました。会社を留守にする事は多くありましたが、日本にいるときは他の社員と同じように働いていました。少しでも会社の宣伝になればと思い、山登りへ行く際も、アシックスのウェアを必ず身につけていましたね。

そして、役職定年を迎えた2004年にアシックスアウトドアマイスターという職に就きました。当時の和田社長に“なにをすればよいんでしょうか”と聞くと、“自分のしたいことをしてくれたらいい”と言われました。そこで、今までの自分の経験を伝えられれば良いと、始めたのが登山教室などの安全登山の啓発活動でした」

アウトソーシング化される登山

―登山教室では、どのようなことを念頭に置かれているのでしょうか。

「お客さんを頂上まで連れていくというようなツアー登山的な思想は一切ありません。百名山を中心とした第三次登山ブームが起きた90年代から、頂上まで(ガイドに)連れて行ってもらう登山が増加してきました。レジャー寄りの登山ですね。近年、登山に親しむ人の数は増えていますが、その内実は”登山客”の増加であり、”登山者”は減っています。登山客とは自分の安全と登山行程をガイドにアウトソーシングする人、一方で、より困難な山をより難しいルートで登るために、自ら登山計画をつくり、必要な技術や知識を自ら身につけていく人を登山者としてわたしは明確に区別しており、登山教室の目的は自立した”登山者”の育成になります。

img_1096ナンガマリⅠ・Ⅱ間から眺める、マカル―(8463m・写真左)~エベレスト(8848m・写真右)。有能なシェルパを高給で何人も雇い、歩くこと以外のほぼすべてを彼らに任せるなど、”アウトソーシング化はエベレストでも進んでいる” と重廣さんは話す。世界最高峰であるが故に、商業化が進んでいる。ただ、”登山に限らず、アウトソーシング化はあらゆる場で広がっている、いまはそういう時代” と、一辺倒には批判できない心境も漏らした

安全登山の第一歩として、欠かせないのが地図とコンパスが適切に使えるようになることです。ツアー登山でもいざというときのために地図とコンパスを持ってくるよう指示されていますが、それを実際に使うようなことはほとんどありません。ガイドがすべてを案内してくれるからです。しかし、もしそのツアー客がガイドとはぐれたり遭難した際に、彼らが地図とコンパスを持っているからといって、助かるかといわれると助からないんです。迷ってから、はじめて地図とコンパスを出してみたって自分の居場所もルートも分かるわけがないからです」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA登山教室(六甲山の沢登り)の様子

何度登った山だとしても、一回一回が初めて

―重廣さんの登山教室では、誰かに依存するのではなく、自ら考え判断できる登山者を育成したいとお考えなのですね。

「はい。そもそも、まっさらの地図を持っていても仕方がないんです。地図には事前に加工を施さなければなりません。どうしてかというと、コンパスの針というのは、実は本当の北を正確には指してはいないから。地球が発する磁力に影響を受けているため、真北とは数度ずれてしまうんです。だから、それを補正する磁北線を自らの手で引く必要があります。あと、等高線なんかも適切に読めるようになっていけば、2Dの地図が一気に立体的に見えてくる瞬間があります」

―神戸には六甲山という恵まれた自然資源がありますね。

「六甲山は日本一の都市山です。ものすごく街と山の距離が近い。また歴史的に見れば、近代登山そしてロッククライミングの発祥の地でもあります。ただ、身近な山だからといって軽装で行ったりすると痛い目に遭う可能性もあります。事実、六甲山でも毎年多くの遭難事故が発生していますから、油断はできません。それはわたし自身にももちろんあてはまります。ヒマラヤに13回登った経験があるからといって、六甲山は絶対大丈夫とは言えません。山登りには安全確保の公式がないんです。“富士山を登れるんだったら、あの山も登れるはず”、“前はこうだったから、今回もこうなる”とかはありません。自然は刻々と移り変わるし、自分自身の体調の変化や天気の移り変わりなどさまざま。だから、たとえ何度も登ってきた山やコースだとしても、本当は一回一回が初めての出会いなんです。」

―最後に山の魅力を伺ってもよろしいでしょうか。

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「まず近くの山へ登ってみてはいかがでしょうか。自分の住む場所の近くに必ず山があるはずです、何しろ日本には約2万もの山がありますから。山登りの魅力は、体験したことのないことに出会えること。先ほども言いましたが、たとえ同じ山を10回登ったとしても、まったく同じなんてことはありません。毎回新しい景色が見えるし、新しい人と出会えます。そこで、もっと他の山を登ってみたいという気持ちが湧いてきたら、次はその山の頂から見える山へ登ってみたらいい。そうやって、円弧を描くようにして、どんどんと日本中の山を楽しんでもらいたいと思っています」

取材後記

”山では24時間緊張していなければならない” 、重廣さんの言葉だ。絶壁で自分の体を支えるその手を離せばむろん滑落するし、極寒のなかでは眠りについたが最後、二度と目を覚ますことができない可能性だってある。

重廣さんの鋭い眼差しや泰然とした雰囲気、語調の安定感には、どこか野生的な一面を感じた。それはきっと一日中気を張っていなくてはいけない過酷な環境で長い時間を過ごしてきたことと無関係ではない気がした。

インタビュー終了後、”ヒマラヤ挑戦は、前回のナンガマリが最後になるんでしょうか” と私は興味本位で尋ねた。すると、”ナンガマリは最後じゃありませんよ、ヒマラヤにはまた登ります” と笑顔で返答された。


登山家・重廣恒夫さん 全2回

#1 標高8600mで現れた花々

#2 何度登った山でも、毎回が初めて

本企画企画第5弾は9月公開予定


仲村 友樹

政治、ビジネス、文学、アート、自然まで色々なことに興味があります。むさぼるように読む本や雑誌からの知識でぼくは成り立っています。ただ、頭でっかちにならないように一応は気をつけているつもりです。
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