【神戸邂逅】新開地のまちづくり・高四代さん#1 古いはいつか新しさになる

【神戸邂逅】新開地のまちづくり・高四代さん#1 古いはいつか新しさになる

 


連載企画【神戸邂逅】とは

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神戸およびその周辺地域にて、大資本が集まる東京とは一線を画すような取り組みを行う人に焦点をあてたインタビュー企画。邂逅とは偶然めぐりあうという意味。思いもよらなかった神戸の魅力に出会えるかも。


本企画の第1弾目として是非とも取り上げさせていただきたいと思ったのが、神戸の中心部三宮から西へ数駅、昭和風情が今も漂う新開地です。聞きなれない、もしくはしばらく足を運んでいない方も中にはいらっしゃるかもしれません。その間にも、新開地は昔の情緒や伝統を残しながらも、そこに新しい文化を織り合わせ、次の時代に新たな花を咲かせようとしています。今回は、そのムーブメントの中心に立つ、新開地まちづくりNPO理事長の高四代氏を訪ねました。


昭和回帰の動き…?

近年、昭和ノスタルジーを感じさせるものに注目が集まっている。それを表すもののひとつに、まず「落語」がある。2010年代頃から若手落語家のSNSでの情報発信や漫画『昭和元禄落語心中』の人気によって徐々に脚光を浴び始めると、昨年には雑誌を中心に特集が組まれ、その年の秋にはNHKのクローズアップ現代にも取り上げられるまでに至った。

そしてもうひとつ、2012年、日活創立100周年記念として特集上映が反響を集めると、2015年には園子温氏や行定勲氏ら実力派映画監督5人が『ロマンポルノリブートプロジェクト』に参画するなど(作品公開は2016年)、昭和後期に勃興した「ロマンポルノ」もまた「落語」と同様に、いま復活の兆しを見せている。

その他にも、食事だけでなく店主や常連客との雑談も醍醐味である昔ながらの「大衆居酒屋」や、“音楽はダウンロードするもの”という概念がすっかり浸透してしまった若者世代には逆に新鮮に映るのであろうか、「ラジカセ」、「レコード」についても再評価の動きが高まっている。

そんな昭和回帰の流れが鮮明化するなか、上記にあげた例を一度に楽しめるまちがある。それが、新開地だ。
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新開地2丁目商店街。帝国劇場と並び称された『聚楽館』がこの地にあった

新開地でいま何が起きているのか

昨年末、大阪天満につづく2拠点目となる上方落語の定席施設『(仮)神戸新開地演芸場』が新開地に建設されることが決定した。【関連ニュース:神戸繁昌亭、来夏開館へ 文枝さん「盛り上げる」】
開業は来年7月の予定だが、それを待たずとも、新開地まちづくりスクエアでは寄席を楽しむことができる(5月以外の奇数月第三日曜日開催)。

90%e5%9b%9e%e5%af%84%e5%b8%ad%e3%83%9d%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%bc-1新開地寄席のポスター。映像もなければ舞台セットもない。落語家にとって頼れるのは自分の話芸とジェスチャーだけ。だからこその面白みが落語にはある

また、昨年で13回目を迎えた『新開地映画祭』では、毎年恒例の目玉企画として男子禁制のロマンポルノ上映やストッキングショー、官能小説の朗読会などを開催するなど、女性を中心にロマンポルノ文化の裾野を着実に広げている。※シネマ神戸2(新開地)では、新旧作問わずロマンポルノの上映が毎日行われている。

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他にも、暖簾をくぐるとタイムスリップしたのかと一瞬感じるような歴史ある大衆居酒屋、テクノロジー発展の波にもまれながらも今でも元気に営業するラジカセ・レコードショップが新開地にはある。

新開地の栄枯盛衰

そんな経緯で、新開地が今まさに旬のスポットであると感じた神戸邂逅編集部は、地元新開地をこよなく愛し、22年前に起きた震災の復興期から現在に至るまで、新開地まちづくりに奔走してきた高 四代氏を尋ねた。

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高四代(たか よんだい)

新開地周辺地区まちづくり協議会 会長
新開地まちづくりNPO 理事長
神戸新開地商店街協同組合 理事長

新開地生まれ、新開地育ち。新開地商店街にて、理容室「天龍」を経営。
昨今の新開地の盛り上がりを演出してきた立役者。
当初は商店街のいち音楽イベントにすぎなかった『新開地音楽祭』を、
8万人を集める大規模イベントに育て上げた。

―新開地まちづくりのコンセプトは『B面の神戸』だそうですね。

「そうそう、ぼくが考えたんよ。自分で言うのはあれやけどなかなか気に入ってる。おしゃれで洗練された三宮や元町、ハーバーランドをA面とするなら、下町情緒が残るぼくら新開地はB面やなって」

―かつては、“東の浅草、西の新開地”と言われるほどの繁栄っぷりでしたよね。その意味では、昔はむしろ新開地の方がA面だった。

%e5%a4%a7%e6%ad%a3%ef%bc%91%ef%bc%94%e5%b9%b4%e9%a0%83-1大正14年頃の新開地

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「うん、昔は3人4人横に並んで歩けんかったぐらい賑やかやったんよ。当時は、今と比べものにならんほど映画館や演劇場があったし、市役所も新開地にあったからね。それに、新開地のすぐ南に川崎重工や三菱重工の造船所があったから、労働者がたくさんおった」

%e5%88%9d%e4%bb%a3%e8%81%9a%e6%a5%bd%e9%a4%a81913年竣工、「西の帝劇」と呼ばれた聚楽館

―そんな新開地に活気が失われていった要因として、市役所の三宮への移転(1957年)、造船業の衰退(1970年代)などがあったかと思いますが、一番打撃を感じたのはどんな出来事でしたか。

「色々あるんやろうけど、導線の問題かな。というのは、もう40年以上前になるんかな、長田方面から三宮元町方面をつなぐ高速神戸線が開業(1968年)して、新開地駅の地下内で各路線の乗り換えが済むようになってしまった。それによって、新開地が通過される駅に変わってしまった。
あとは、新陳代謝が遅れたんやと思う。世代交代が遅れたって言ったらいいんやろうか。新開地のかつての繁栄を経験している店主さんらは、どこかで“新開地は不滅や、絶対廃れへん”という過信があったんかもしれない。その姿勢が段々とボディブローのように効いてきた」

―気づいたら、新開地は近寄りがたい印象を持たれるようになってしまった…?

「日本有数の娯楽街として栄えた新開地は、もともと飲食店が多かった。朝から営業しているお店もあったもんやから、労働者たちが昼間からお酒を飲んどった。それだけならええんやけど、お酒が回って気が大きくなってしまうんか、道端で大声を出したり寝てしもうとう人たちもいたから、徐々に新開地は柄悪いというイメージが噂で広がってしまった」

何をきっかけに人々は新開地へ戻ってきたのか

―それでも最近新開地近辺でマンションの建設が目立ち始め、若者や家族連れが増えてきた印象があります。新開地が復調の兆しを見せ始めたのはいつごろでしょうか。

「震災後やろうか。ぼくらの商店街も甚大な被害を受けたんやけど、復興とともに神戸アートビレッジセンター(1996年)や神戸ボートピア(1999年)などの新施設が建てられた。ボートピア(ボートレースの競艇場外発売所)建設については、もちろん賛否両論があった。“ただでさえ、イメージが良くない新開地に、追い打ちをかけるようにボートピアなんかつくってどないすんねん”とかね。でも、結果的には建設され、今になって振り返れば間違いなくカンフル剤的な効果はあった。つまり、新開地を訪れる人々は増えた。

%e3%83%9c%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%94%e3%82%a2新開地本通りに位置するボートピア神戸、この写真では分かりにくいが左手奥の壁面に巨大な椅子と机のオブジェがある

そして、ちょうどその時期にぼくがいま理事長を務めている新開地まちづくりNPO(1999年)が発足し、イベントをたくさん企画するようになった。なかでも、今年で17回目を迎える『新開地音楽祭』はイメージ向上に大きく貢献していると思う。第一回は新開地本通りで開催したんやけど思った以上に人が集まって、第三回からはメインステージを湊川公園に移すまでにいたった。最初の数年は、出演者を確保するために色んなアーティストの方々に頭下げてお願いしとってんけど、今では逆にアーティストの方々から出演を申し込まれるようになり、現在では170組以上が出演、2日間で8万人を動員するまでに成長した」

%e9%9f%b3%e6%a5%bd%e7%a5%ad1メインステージがある湊川公園の様子、初夏の夜風とともに響き渡るサウンドが心地いい

%e9%9f%b3%e6%a5%bd%e7%a5%ad2新開地商店街にもステージを設けている。各ステージを回遊してみるのも楽しい

―商店街のいちイベントに過ぎなかった音楽祭が、関西を代表する音楽イベントにまで発展するなんて感無量ですね。

「他にも『新開地映画祭』や『アート縁日』、女性限定の新開地ツアーとか色んなイベントを開催してきたんよ。そしたらね、噂やらなんやらで新開地に悪いイメージを持ってしまってしばらく訪れるのをはばかってた人らが、イベントをきっかけに新開地に再び足を運んでくれるようになった。すると、“噂で聞いていたほど新開地ってこわい場所ちゃうやん。むしろ、人も温かいし色んなお店や娯楽があっておもろいやん”って、気づいてくれたんやろうなとぼくは思う。そして、その好意的な評判を人伝てに聞いた人たちが、さらに足を運んでくれるようになった。だから、かつて新開地について悪いイメージが広がったのは口コミやけど、みんなが再び新開地に遊びに来てくれるようになったのも口コミのおかげやなって今となっては思う」


いよいよ、話題は新開地のまちづくりへ。そして、『 (仮)新開地演芸場』誕生の舞台裏に迫る。上方落語協会会長の桂文枝氏と交わした言葉とは…

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次回は3月31日(金)公開予定・全3回

 

仲村 友樹

政治、ビジネス、文学、アート、自然まで色々なことに興味があります。むさぼるように読む本や雑誌からの知識でぼくは成り立っています。ただ、頭でっかちにならないように一応は気をつけているつもりです。

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